武蔵御嶽神社(東京)

  • 2018年6月19日
  • 2019年1月4日
  • 神社
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私の大好きな神社『武蔵御嶽神社』のご紹介です。

神社名武蔵御嶽神社
ご祭神櫛麻智命・大己貴命・少彦名命・廣國押武金日命(安閑天皇)
奥の院:日本武尊
御眷属:大口眞神
住所東京都 青梅市御岳山176
神社HPhttp://musashimitakejinja.jp

ご由緒

日本三御嶽の一つに数えられ、長野・岐阜両県境の御嶽神社(木曾の御岳)を「雪の御嶽」、山梨県甲府市・金櫻神社(甲州御岳)を「花の御嶽」、当社(武州御岳)を「月の御嶽」と称する。
紀元前91(崇神天皇7)年、武渟川別命(たけぬなかわわけのみこと)が東方十二道平定の時、大己貴命・少彦名命を奉斎したのが創建とされる。
736(天平8)年、行基上人が東国鎮護祈願のため蔵王権現像を彫刻し安置したと伝えられる。
延喜式神名帳に記載された武蔵国多摩郡大麻止乃豆乃天神社オオマトノツノアマツカミヤシロの論社でもあり、修験道の聖地・霊山としての歴史は古く、金峰山御嶽蔵王権現の名によって信仰を集めた。
鎌倉時代には有力武将からも崇敬を集めており、特に鎌倉幕府の有力御家人であった畠山重忠の崇敬は篤く、国宝指定の赤糸威大鎧をはじめ鞍・太刀などが奉納されている。
その後兵火で一旦荒廃するものの、1234(文暦元)年に四条天皇の勅命により派遣された散位大中臣国兼が、御嶽権現の霊夢により御岳山に登り、蔵王権現を鋳造奉載し神殿を再興した。
1359(延文4)年には関東管領・足利基氏による社殿の修築があり、1511(永世8)年に三田弾正忠平氏宗により社殿が造営された。
1590(天正18)年に関東に移封となった徳川家康は朱印地三十石を寄進したほか、1606(慶長11)年には大久保石見守長安を普請奉行として社殿を改築している。
この時、それまで南面していた社殿を、江戸城守護のため東面するよう改められた。
また江戸時代には武蔵・相模を中心とした関東一円に御師による布教活動が行われ、信仰が拡がり多くの講が組織された。
明治に入り神仏分離が実施されると、1874(明治7)年に社号をそれまでの御嶽蔵王権現から御嶽神社に改称、更に1952(昭和27)年には武蔵御嶽神社と改め、現在に至る。

御岳山に行ってきました

ロックガーデン

七代の滝から綾広の滝までの約1.5キロ。苔むした岩の間を清流が織りなす情景は訪れた人を幽谷の世界に誘います。途中には天狗岩をはじめとして大小さまざまな奇岩があり、奥御岳渓谷とも呼ばれています。(今回は天狗岩に行けなかったので次回は行ってみたい)

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