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『山の日』今に感謝。そして未来へ

  • 2019年8月11日
  • 2019年8月11日
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今日は『山の日』ですね。

しみじみと山について思うことがあるので、今の自分の気持ちを備忘録として書き留めておこうと思います。

私は二ヶ月に一回のペースで山へ登山ではなく登拝をしにいきます。登拝についてはまた後日書きたいと思いますが、登拝に出逢う前の私は、山を登ろうとはまったく思いませんでした。

ただ単に「山登りはキツイ!!」というのもありますが、それ以前に私の中で変な思い込みがあったからです。

中学の時に、右足首を粉砕骨折をし、二度も手術をした私は、医師から「次に同じ箇所を怪我したら歩けなくなよ!」と言われ、その時を境に足を使うスポーツはできるだけしなくなり、足に負担がかからないように気を使う生活をするようになりました。

今思うと、そうなる可能性の一つを告げられただけでスポーツをするな!とは一切言われていないのに、まるで何かの呪文をかけられたように「私はもう足を使うスポーツはできない」という思い込んでしまったのです。

では、何故そんな私が山を登るようになったかというと。以前、ブログで書いた神社学との出逢いだったんです。

神社が好きで、神社学を通して様々なことを学んでいたら山を登り始めていたんです。

登り始めて3年半たち、今までは自分のコンプレックスでもあった右足首のケガ。まだまだ思い込みが消えず、山を登る時はドキドキします。医師の言葉が何度も頭をよぎることがあります。でも、この気持ちのお陰で一歩一歩丁寧に歩くことができ、今まで大きなケガなくすんでいるのではないかと思うんです。

山を登ると息が上がって苦しいという思いが強くなり、足元まで注意がいきにくくなります。でも、意識が足から離れないように注意深く一歩一歩丁寧に登っていくと、登る前まであった雑念が無くなっているんです。雑念がなくなり無の状態になって見る大自然は本当に美しく、心にとても染み渡ります。もしかしたら、足のケガがなかったらここまでこの感覚は味わうことはできなかったのではないかと思います。

毎回、山に登る時はこれが最後になるかも?と思いますが、だからこそ丁寧に登り無事下山できた時の喜びはひとしおで、また次も山に登れるという感謝の気持ちでいっぱいになります。

私は、山を通して人生も学べると感じています。

一歩一歩の積み重ねで、一つの山を登ることができ、その過程で自然がたくさんのことを教えてくれ、無事に下山できた時は感謝の気持ちでいっぱいで、その気持ちが未来へと繋がっていく。それがまるで人生だなと。その山ごとに毎回感じる感情や自然からの学びが違っていて、楽しいこともあれば辛いこともあったり、一人で登ることもあれば、仲間たちと助け合いながら登ることもある。

これから、あとどれだけ山に登れるかわからないけど、登れることに感謝し、そこで感じたこと、学んだことを未来へと繋げていきたいと思った山の日でした。

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